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『小説』 無題 5

「結子さん、お願いします」

 

呼ばれて結子は、席を立った。

 

また、不毛な夜が幕を開けたのだ。

 

「結子さんです」

 

ボーイが結子をお客に紹介する。

 

「結子です。失礼します」

 

少しばかり可愛い子ぶって、トーンの高い声を出した。

 

その男性は、結子と同じくらいの年齢だろうか。

 

結子がとなりに座っても、笑顔を見せない。

 

それどころか、結子の方も見ようともしない。

 

結子は、気を惹こうと必死に話題を探した。

 

「はじめまして、よろしくお願いします」

 

相変わらず、正面を向いたままその男性は、うなづいた。

 

「何のお仕事されてるんですか?」

 

初めてのお客への常套句である。

 

「そういう、形式的なことはいいからさ。今日、アフター行けるの?」

 

アフターとは、仕事後にお客と会うことである。

 

「ごめんなさい。私、アフターお断りしてるんです」

 

結子は、そもそもキャバクラでナンバーワンになろうとか、お金をたくさん稼ごうとか考えていない。

 

だから、不毛なアフターは必要ないし、営業もしていない。

 

「何それ、こっちが誘ってんのに、断るキャバ嬢なんているの?」

 

さっきまで無口だったくせに、いきなり嫌味ばかり言ってくる男性に腹が立って来た。

 

「お言葉ですけど、キャバ嬢にも、それぞれ個性とか、ポリシーがあるんです。みんな同じだと思わないでくれませんか?セックスが目的なら、違う女の子にチェンジしてもらいます。誰でもすぐに寝てくれる女の子いますから。でも、あなたの様な人には、興味ないかもしれませんね。一応、好みがありますから。あなたみたいにデリカシーのない人が、長く客になったら迷惑ですしね」

 

結子は、水割りを作りながら、男性の顔も見ないで一気にまくし立てた。

 

ふと男性の方を見ると、笑いながら結子のことを眺めていた。

 

「何がおかしいんですか?どこまで人を馬鹿にしたら気が済むんです?」

 

「いや、可愛いなと思って」

 

さっきまでの無口で人づきあいが苦手そうな雰囲気とは違い、優しくて、女の扱いに慣れているような雰囲気に豹変していた。

 

結子は、この人の目的が何なのか、さっぱりわからなくなってしまった。

 

「からかってるんですか?いったい何が目的なんですか?」

 

「君に会うことが目的で、ここに来たんだよ」

 

何なんだ、この時代遅れなキザなセリフは、と結子は思った。

 

「君に会うことって、私、指名されてないと思いますけど」

 

「指名したことを、知られない様に連れて来てって頼んだんだ」

 

結子は、男性の顔をまじまじと見つめた。

 

「あの、どこかでお会いしましたか?」

 

「君は覚えていないだろうね。かなり酔っぱらってたから」

 

結子が酔っ払うとしたら、律子ママのオカマバーか、自分の家くらいだ。

 

このキャバクラでも、酔っぱらったことは一度もない。

 

以前、手痛い失敗をしてからというもの、人のいない所でしか酔っぱらわない様にしている。

 

律子ママの所以外では。

 

「あの、もしかして、「honesty(オネスティ)」ですか?律子ママの」

 

「そうだよ。思い出した?」

 

「いえ、全然」

 

「酔いつぶれて、トイレで寝てる所に僕がたまたま入ったんだよ。『大丈夫ですか?』って言ったら、『全然大丈夫です。』って言ってたけど、大丈夫そうじゃないから、抱きかかえて律子ママの所に連れて行ったんだよ。聞いてない?」

 

そう言えば、そんな話を聞いたような気がする。たいした話じゃないから、すっかり忘れていた。

 

「ごめんなさい。ご迷惑おかけしたんですね。お礼もしないですみませんでした」

 

「いいんだよ、そんなの。ただその時に、君が耳元でささいた言葉がずっと気になっていてね。それで、今日来たんだ。」

 

「ささやいた言葉?私、いったい何て言ったんですか?」

 

「それはまだ、言えないな。もう少し、確認したいことがあるんだ」

 

「確認したいこと?教えて下さい。私、何て言ったんですか?」

 

「じゃあ今日、アフター行ってくれる?」

 

結子は考えた。前に会っていたのが本当だとしても、ささやいた言葉があるなんて、嘘かもしれない。

 

アフターに誘って、寝ることだけが目的なのかもしれない。

 

そうだとしても、このままでは気になって眠れない。

 

一度気になったら、頭からその事が離れなくなるタイプなのだ。

 

「わかりました。でも、他のお客さまには気づかれないようにしてくださいね。私を目当てに来る人なんて、そんなにいませんけど、他のお客さまは断ったのに、アフターに行ったことがバレたら面倒なので」

 

「了解。じゃ、飲もっか」

 

掴みどころのない、不思議な男性だと結子は思った。