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後悔しない人生のすごし方|いつか死ぬ日のために今を生きる

後悔しない人生をすごすには、どうしたら良いのだろうか。多くの人は、「死にたくない」「長生きしたい」と思うだろう。でも目的もなく長生きをして、果たしてそれは意味のある人生と呼べるのだろうか。幸せだと感じられるのだろうか。壇条はそれが疑問でならない。

 

きっと多くの人が死にたくないと思う理由は2つ。

 

「死ぬのが怖いから」

「やりたいことができていない後悔」の2つである。

 

多くの人は、死が近づいたときに後悔する。後悔する理由は、やりたいことができていないから。そして、一生懸命に生きていないからである。

 

毎日やるべきことに必死に取り組んでいれば、後悔をする暇などないはずだ。仕事でも趣味だっていい。とにかく一生懸命になれるものを見つけて、必死に取り組むのだ。そうすれば毎日が充実したものになり、いつ死んでも後悔はないと思えるようになる。

 

もくじ

 

 

後悔しない人生は明日死んでも良いと思えること

 

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photo by Magic Foundry

 

後悔しない人生をすごすには、もし明日死んでも良いと思えるようになること。それは決して簡単なことではないのかもしれない。でも、自分のやりたいことをして、一生懸命生きていればそれだけで幸せを感じられるはずだ。

 

 

ではなぜ、幸せそうな人が少ないのだろう。やりたいことをやっている人はいるが、やはり一生懸命やっていないということに尽きる。たとえ好きなことだって、一生懸命やらないと本当の意味で楽しいとは思えない。

 

 

だからクタクタになるまで働き、思いっきり遊ぶのだ。それだけでも充分一生懸命生きていることになる。それでも幸せを感じられないのなら、本当にやりたいことが他にあって、それをあきらめてしまっているからだろう。

 

 

後悔しない人生は体が疲れても精神は保てること

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photo by Rob124

 

 

現代はストレス社会と言われているが、そもそもストレスはなぜ生まれるのだろう。それは嫌なこと、やりたくないことをしているからではないだろうか。人間関係に悩みながら、好きでもない仕事をやる毎日。それではストレスがたまって当然である。

 

 

でも、そこから飛び出す勇気はない。別にそれを責める気はない。仕事は仕事で割りきって、プライベートを充実させるライフスタイルは素晴らしいと思う。壇条の場合は、その日の仕事が予定どおりに終わらず、どうしても土日を返上してやらなければいけなくなる。

 

 

はっきり言って、もうかれこれ2年くらい休みという休みを取っていない。最後に記憶しているのは、去年の年末と今年の年始くらいだ。つまり年に一回しかまともに休んでいない。これは壇条の要領が悪いだけである。

 

 

だから好きでもない仕事でも、プライベートを充実させられればそれでいい、という考えは素晴らしいことだ。でも壇条は、体ボロボロになりそうになっても、精神が壊れることはないという自信がある。なぜなら、好きな仕事をしているからだ。

 

 

厳密に言うと、まだ本当の意味で好きな仕事ではない。フリーランスと言っても、いろいろな制限がある中で、100%好きなように書けるわけではないからだ。だからまだまだ努力が足りない。だから毎日頑張れる。そんなプラスのスパイラルが生まれる。

 

 

後悔しない人生は死ぬ日のことを想像する

 

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photo by sofi01

 

多くの人は、自分が死ぬときのことなど、縁起が悪くて想像などしたくないと思うだろう。でも壇条はいつも想像する。これから車を運転しようとするとき、夜ふとんに入るときなど、「もしかしたら、このまま死ぬかもしれない」と考える。

 

 

そうなったら、大切な人たちはどうやって暮らしていくのだろう。夫はペットのトイレをちゃんと変えられるだろうか。ペットは壇条がいなくなって、さみしくて元気をなくすのではないだろうか。そんなことを色々と考えてみる。

 

 

でも何とかなるものだ。壇条が大切な人に会えなくなるのが一番悲しい。自分自身が一番つらいのだ。でも死んだら、大切な人たちをいつも見守っていることができる。今は現世にいるから運命共同体だが、死んだら危険なことから守ってあげられるかもしれない。

 

 

そんなことを考えると、死ぬのも悪くないと思えてくる。それに死んだら、祖母や以前のペットたちに会える。それはそれできっと楽しいだろう。だから死ぬのも怖くない。むしろ生きている方が戦いで疲れることが多い。生きるのは大変なのだ。

 

 

でも生きているからこそ幸せを感じられる。今ここにいるから、愛する人たちと一緒に過ごせるのだ。それはきっと奇跡に近いことなのかもしれない。でも人は、それに気づかずに毎日をただ生きている。実にもったいないことだと思う。

 

 

後悔しない人生は愛情を惜しみなく注ぐこと

 

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後悔しない人生をすごすには、大切な人に愛情を惜しみなく注ぐことである。いるのが当り前に感じてしまうが、一緒に生きていく相手と出会うことは、奇跡に近いことなのだ。出会った頃のことを思い出してみよう。

 

 

その日その場所にいたのは偶然ではないだろうか。他の選択肢もあったはずなのに、なぜかそこに行くことを選んだはずだ。もし違う選択肢を選んでいたら、決して出会っていないはず。そう考えると、偶然の一致……セレンディピティである。

 

 

ペットとの出会いもそうだった。はじめに訪れたペットショップはひどい店で、そこでは買わないと決めたから、次のペットショップへ行くことになった。そこで運命の出会いをしたのだ。しかもその土地は、壇条が生まれたのと同じ市内だったのだ。

 

 

もちろん今住んでいるのは、その市内ではない。車で一時間ほど離れている。でも引き寄せられるように、その土地へ行ったのだ。鳥肌がたつくらい不思議な話だと思うはずだ。つまりペットと壇条は同郷の出身となる。(そこのペットショップは自宅で繁殖させているから、その場所で産まれた)

 

 

今こうして考えてみると、産まれた時から出会う運命だったとさえ思えてくる。ペットの命は人間よりも短いから、もしかしたら何度か生まれ変わって、やっと出会えたのかもしれない。同じ生き物として生まれ変わるとは限らないが。

 

 

こうして出会った大切な人たちに愛情を惜しみなく注ぐことで、日々幸せを感じている。もちろん嫌な部分がないわけではない。むしろ嫌な部分の方が強いかもしれない。それでもすべて含めて大切だと感じることが必要なのだ。一緒に生きていくというのは、そういうことではないだろうか。

 

 

不満を言ったらキリがない。今ある現実を受け入れて、自分のために誰かを愛する。それが幸せな人生、ひいては後悔しない人生につながると壇条は思う。

 

 

後悔しない人生は、毎日どの瞬間にも関わってくる。今この瞬間も、後悔しないために生きている。そしていつか死ぬ日のために、一生懸命に生きているのだ。