みちの道

人生を変えるヒントがココにある

Michi no michi

毎日がちょっとハッピーになる情報

独身女ライターVS主婦ライター|お気楽?いやコッチだってリスク背負ってるよ!

今日たまたまあるブログを見たら、独身女ライターは、主婦ライターをお気楽だと思っていることがわかった。

主婦ライターの場合、フリーランスとはいっても、生活がかかっていないとか、暇つぶしにやっていると考えている独身女ライターも多い。

 

でも自らをお気楽主婦ライターと名乗っていても、本当にお気楽とは限らない。

ネットの世界では、匿名であろうと、実名であろうと、自分のキャラを自由に設定できる。

 

「ゆる~く書いていきます」とか言っても、本当は忙しい合間にやっとできた時間をつかって、必死にブログ更新しているかもしれないのだ。

 

確かに本当にお気楽主婦ライターもいるだろうが、ひとくくりにするのはやめて欲しいと思う。

それに、仮に本当にお気楽主婦ライターだったとして、それの何が悪いのか。

 

独身女ライターの言い分 その1「覚悟が足りない」

f:id:m-danjyo:20160420210140j:plain

 

「フリーランスのライターで生きていく」と決めた時点で、独身女だろうが主婦だろうが、覚悟を持っているだろう。

それなのに、なぜ主婦ライターは、独身女ライターほど覚悟が足りないと思うのか。

 

それは、生活がかかっていないとか、旦那に養ってもらっているからお気楽だとか思っているようだ。

 

しかし実際は、旦那に養ってもらっているわけではないかもしれないし、相当な覚悟を持ってやっている人もいる。

 

実際のところ壇条は、月の収入が少ないと、夫にボロクソ言われる。しかし独身女ライターは、誰に文句を言われることもなく、「今月は少しお休みしようかな」と自分で調節できるだろう。

 

壇条からすると、独身女ライターの方がよっぽどお気楽である。

 

そもそも独身女ライターは、一日中、誰に邪魔されることもなく、ひたすら書くことに没頭できるだろう。

 

しかし主婦ライターは、家事をしたり、子どもに邪魔をされたりしながらも、何とか集中力を発揮して書いている。

まとまった時間が取れない時は、ちょっと手が空いた10分間で、一気に1000字くらい片づけなくてはいけない時もある。

また全ての家事が片づいてから、深夜にいそいそと書かなくてはいけない。

それのどこがお気楽なのだろうか。

 

独身女ライターの言い分 その2「切実さがなくて面白くない」

独身女ライターからすると、主婦ライターの書く文章には、切実さがなくて面白くないと思っているようだ。

しかしなぜ、独身女ライターの方が切実さがあると思うのか。

 

たとえ今はお気楽な主婦だったとしても、過去には壮絶な苦労をしてきた人かもしれない。その経験があるからこそ、お気楽でほのぼのとした文章を書けることもある。

 

そもそも切実さを感じられる文章は、稼ぐことが目的で、意図的に炎上をねらって書いているにすぎない。

それを楽しみにしている読者も多いだろうが、ほのぼのとしたゆる~い文章に癒されたいと思っている人の方が、本当は圧倒的に多いのではないだろうか。

 

それに、毎回あまりにも切実すぎると面倒くさくなるし、飽きてくる。

ただでさえストレスが多い世の中で、なぜいつもいつも切実な文章を読みたいと思うのか。そっちの方が不思議でならない。

 

【結論】独身女ライターVS主婦ライター

 

主婦ライターは、独身女ライターほどハングリーではないということから始まったこの戦い。そもそも独身とか既婚とか、ライターの性質に影響があるのだろうか。

 

「リスクを背負っていないから面白くない」と書いてあったが、主婦ライターだってリスク背負ってるよ!

会社員という選択肢を完全に排除して、フリーランスでやっていく覚悟を決めている。それには色々な理由があるだろう。

 

子どもが産まれたら、自宅でできる仕事の方が良いからとか、夫の転勤があっても、どこでもできる仕事だからとか、時間が自由になるので、家族の用事があっても調整しやすいなどである。

 

つまり主婦は、やらなくてはいけないことが、仕事だけでないということ。

 壇条の場合、今はうさぎさんの看病があるので、意識を失って倒れるたびに仕事が中断される。夫が帰って来れば、ご飯の支度やお風呂上がりのマッサージなど、やることが山ほどあるのだ。

そして全てが片づいてから仕事しようと思っても、眠くて疲れて、仕事などできる状態ではない。

けっきょく次の日につめ込むことになるのだ。そんなことを続けていけるのか、不安さえおぼえるが、やるしかないのである。

 

なぜなら、それで生きていくと決めたから。

もちろん必ずしもライターである必要はないと思っている。でも今のところはライターしか道がない。ギリギリのところで、今日も踏ん張っている。