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ブログ・小説・エッセイ…自分が書きたい方向性を見失った

毎日 仕事で「いい子ちゃん」の記事を書いていると、自分が本当は何を書きたいのかわからなくなってしまった。

 

選ばなかった夢

高校を卒業するとき、作家になるための道を選ばなかった自分が悔やまれる。

親に「作家なんて一握りの人間しかなれないからやめろ」と言われ、なぜ素直に引き下がってしまったのだろう。

 

それは自分が甘ちゃんだったから自業自得。

 

今さら言っても仕方ない。

 

でも親にいろいろな夢を壊されてきたことを思い出す。

ピアノを習いたいと言った小1の頃、仕事で発表会に行けないからダメと言われた。

 

さすがに小1で意見を押し通すことはできなかっただろう。

でも駄々をこねたり、意志をぶつけることはできたはずだ。

でもしなかった。いい子でいたかったから。

 

噛み合わない親

中学に入ってテニス部の練習が大変だった頃になって、いきなり電子ピアノを買ってきた親。

分厚い楽譜もついていた。

 

自分のことしか考えない親には、その頃から気づいていた。

でも見て見ぬふりをしていたあの頃。

 

自分の意志を持つことを拒まれていたような気がする。

政治家が日本国民を自分たちの言いなりにさせているのと似てる。

 

2012-11-07

 

書くことは小学校の頃から好きだった。

クリスマス会でやる演劇の脚本を書いたり、作文の授業は何よりも大好きだった。

 

中学になると、友達同士では恋の話題で持ち切り。

だからその切ない想いを詩にのせて物思いにふける日々。

 

でも高校に入った頃から書かなくなっていった。

 

そこからは書いたり書かなかったりの繰り返し。

 

そして今に至る。

 

書きたいものがわからない

高校の頃は、エッセイストになりたかった。

でもエッセイストなんてほとんどが有名人だと知った。

 

だから小説家になれば、エッセイが書けるだろうと思った。

それが小説家になりたいと思ったきっかけ。

 

でも小説も書いてみたいと思うようになって、最低でも5作は書いた。

でも見事に落選。一次すら通過できない。

 

1作書くごとに自分の何がいけないのか、ぼんやりとだがわかってきた。

それで致命的な能力がないことに気づく。

 

それについては今ここで書きたくない。

 

だから自分には小説が書けるのかまったくわからない状態。

そのせいもあるのかもしれない。

 

自分が本当は何が書きたいのか、まったくわからなくなってしまったのだ。

 

仕事は楽しい。

書けば終わるから。

でも自分が本当に書きたいことを書こうと考えたとき、前に進めなくなってしまう。

1日中考えて、何もできなかったと自己嫌悪に陥って眠りにつくことになる。

 

時には泣きたくなることもあるが、あきらめるという選択肢だけはない。

何でもいいから作家になりたい。

なんて言うと「どこでもいいから就職したい」と言っているみたいだ。

 

意志もこだわりもないのなら、どこにも採用されるはずがない。

だから最近 考えた。

自分が本当に書きたいものは何なのか…と。

 

そしてこのスパイラルにはまってしまったのだ。

 

この悩みはしばらく解決しそうにない。

だけど毎日書いていく。

 

わたしにはそれしかできないから。