みちの道

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Michi no michi

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死ぬ覚悟はできたけど死んでも何の役にも立たないのは人間だけ

死ぬ覚悟はできた。

 

生きている意味がわからない

ここ2週間くらい、毎日のように「生きている意味がわからない」「もう死んでもいい」と思いながら生きている。

 

人生80年としたら、今がちょうど半分だ。

まだ半分しか生きていないのなら、これからまだまだ人生は続く。

そう考えると気が遠くなる。

 

このまま生きていて何の意味があるのだろう。

 

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限界は超えた

自分の限界を超えて努力しているけど、その先にある物が見えない。

しかも好きなことができていない。

時間が足りなすぎる。

 

この生活に嫌気がさして、死んだ方が楽だと感じることがある。

こんなことを軽はずみに言ってはいけないのだろう。

でも自分自身そこまで深刻には考えていない。

でも夫が考えているよりは深刻に思っている。

 

死ぬ意欲も、生きる気力もない

でもワタシは自らは死なない。

死ぬ意欲もないし、生きる気力もない。

 

 

無だ。

 

 

ワタシはウサギを守るためだけに生きている。

でもウサギは病気だし、つらそうな時がある。

 

このまま生きていても幸せなんだろうか?と思う時がある。

だからワタシの命を捧げて、ウサギの病気を治し、ワタシの寿命をあげたいと思う。

 

そしてワタシは天国からウサギを見守る。

うん、たぶん天国だと思う。

そう信じたい。

 

生きるために夢に取り組めない皮肉

ワタシには夢がある。

いや目標と言った方が良いだろう。

でもそれに取り組めていない。

 

それができないのなら、生きている意味がない。

やりたいことはたくさんあるけれど、それをする時間が物理的にどうしても捻出できない。

いつか時間ができるかもしれないが、そこまで待てるかどうか。

 

生きるためにやりたいことを後回しにして、やりたくないことをやると生きる意味を見失う。

これは皮肉だ。

 

生きるためにやりたくないことを頑張ってやっているのに、それによって生きる意味を見失うなんて本末転倒の極みだ。

 

だったら生きるのがやっとというくらいしか稼げなくても、やりたいことをやっていた方が幸せなのだろう。

 

でもワタシにはそれが許されない。

それを許してくれない人がいる。

 

でももし一人ぼっちだったら、その思いはさらに強くなるはず。

自分は何のために稼いでいるのか。

何のために神経をすり減らして頑張っているのか。

 

そんな疑問が湧いたとき、人は生きる意味を見失う。

 

ウサギに命をあげたい

それに大好きなウサギと戯れる時間もないのに、生きている意味がない。

 

だから最近は毎日神棚に向かって、こう言っている。

「目標に向かう時間がないのなら、どうか死なせてください。

そしてウサギに命をあげてください」と。

 

だから死ぬ覚悟はできた。

でも人はそう簡単には死なないようにできている。

案外丈夫なのだ。

 

そもそも人間はなぜ繁栄したのだろう。

それは優れた頭脳を持っていたからだが、その人間様とやらは、何をしてきたか。

 

自然を壊し、動物を殺してきた。

動物を殺すのは生きるためではなく、人間に危害を加えるからという理由で。

なんて傲慢なんだ。

 

しかも自然を破壊しすぎて自分たちが困ると、今度は自然保護を叫びはじめる。

あきれるくらいに自分勝手だ。

 

役に立たない人間

人間ほどこの世で邪魔な存在はない。

 

人間ほど地球に貢献していない存在はない。

 

人間ほど死んでも役に立たない存在はない。

虫や動物は死んだら土に返る。

 

そう考えると埋葬なら地球の役に立っているのか?

じゃぁ火葬する日本人は、死んでも何の役にも立たない。

 

だからワタシが死んだら大自然に散骨してほしい。

少しでも地球の役に立てたら生まれて来た意味があるというものだ。

こんなワタシでも……

 

世の中は汚れた心を持った人ばかり。

いちいち人に敵意を向ける。

 

そんな世界で生きていても、ちっとも楽しくない。

だからワタシは自然に帰りたい。

きっと自然があるところから来たような気がするから。